2019年2月15日金曜日

【対談】研究者 × 神経病獣医師 ③

 日本動物リハビリテーション学会のワーキンググループでは、人の脊髄損傷のリハビリテーション研究者から最先端の治療を学ぶ機会を作りました。人の脊髄損傷の治療を知ることで、犬の椎間板ヘルニアの治療へのヒントを見つけるのが狙いです。


 ・研究者:河島則天 先生(国立障害者リハビリテーションセンター研究所・運動
    機能系障害研究部・神経筋機能障害研究室・室長)

 ・獣医師:植村隆司 先生(KyotoAR獣医神経病センター、日本動物リハビリテー 

       ション学会ワーキンググループ・リーダー)


 取材について:
 ・2018年11月4日
 ・脊髄損傷者による歩行披露イベント「KNOW NO LIMIT 2018」会場にて取材
  イベント主催 J-Workout株式会社(日本初の脊髄損傷者専門トレーニングジム)



治療の可能性③

再生医療

河島則天 先生
(国立障害者リハビリテーションセンター研究所・
運動機能系障害研究部・神経筋機能障害研究室・室長)

植村隆司 先生
(KyotoAR獣医神経病センター、
日本動物リハビリテーション学会ワーキンググループ・リーダー) 

“聞けば聞くほど人のケースに似ているような気がしますね。ちゃんとしたレギュレーションのもとで再生治療とリハビリをやれば、ヒトへの応用の橋渡し的な位置づけになると思いますけどね。”



植村:「再生治療」は、実は動物ではレギュレーションがまだまだ低いので、やや乱用されている状況だと思います。

河島:実際やっているんですか? 培養はどうしているんですか?

植村:培養される先生もいますが、今一番たくさん実施されているのは脂肪幹細胞です。自家の細胞を培養する場合と他家細胞を用いる場合があります。

河島:ヒトの場合、脂肪由来幹細胞は治験に乗っておらず、明確な医学的エビデンスが乏しい状態だと思いますが、独自の倫理審査経て臨床で実施している病院もあると聞きます。動物でもヒトでも、実臨床で症例に実施するのであれば、個人的には明確な治療効果が想定できないものを実施すべきではないと思います。一定の医学的・科学的根拠はあるものの効果は検証されていないのであれば、臨床研究の位置づけを明確にして、効果検証が可能なプロトコルとアウトカムの元で実施するのが本来あるべき姿だと思います。

植村:当院では、明らかなグレード5だって言う子以外に再生治療はしていないです。それ以外の子は、入れなくても改善する可能性があるので、改善しにくいと分かっているグレード5の子だけに限ってしています。

河島:「改善する・しない」と言うのは、どういう基準で考えてらっしゃるんですか?

植村:過去の研究からグレード5は改善しにくいことが分かっています。もちろん手術すれば改善する子はいますけど。グレード4の子も完全麻痺ですが、その子まで再生治療を実施してしまうと、移植した細胞の効果が分かりにくいですからね。

河島:そうですね、分からないでしょうね。

植村MRIで脊髄実質がT2強調画像で高信号を示す子も改善しにくいことが多いですが、でもまぁそれは損傷そのものを表すわけじゃなくて浮腫もありますし。

河島T2強調で写る本当の出血部は、その後、吸収されていくかも知れないけど瘢痕化する可能性もかなり高いわけですよね。んー。

植村:なので、やっぱり自然発生例になるので、どうしてもその辺のところがあるんです(実験例の様に脊髄の損傷程度が一定でないという意味)。術後にグレード5のまま1ヶ月程度経過しても深部痛覚が戻って来ない状態で改善が認められない症例は、1年後も歩行可能とはなっていませんね。

河島:出血確認できないレベルのグレード5の子っているんですか? T2強調画像では明確に写らないような、いわゆる出血を伴わないような。

植村:基本的にはないと思います。T2強調画像で高信号であるという所見は、脊髄実質の水分含量が増えるということを示すのみなので、急性期の可逆的な浮腫だけでもT2強調画像で高信号を示します。ですので、脊髄実質の重篤な損傷が起きているのに、MRI検査にて検出できないということはまずないと思います。よって、T2強調画像で脊髄実質がT2強調画像にて高信号を呈しているからといって、必ずしも出血や損傷を示しているわけではありませんし、治療(外科的減圧)に反応しないわけではないんです。しかし、グレード5症例の中で術後に順調に回復してくる症例は、強い圧迫が主な問題なんですね。

河島:犬の椎間板ヘルニアが本当に外傷なんだとすると、初期に運動麻痺と言っているのも、いわゆる「脊髄ショック」的なものがかぶっていると思うんですよね。なので、人では体性感覚と運動神経そのものの途絶と言うよりも、ショック性のものが数日から数週間のスパンで続く、spinal shock(脊髄ショック)のフェーズがあります。人間の時間と犬猫の時間は違うと思いますけど。

植村:犬では数時間以内ですね。

河島:数時間以内ですか。ほぉぉ。

植村:来院時すでにアッパーな反射が戻ってきているんですね。ただ、本物の「反射の異常な亢進」が、受傷後1ヶ月ぐらいして起きて来る症例も経験します。つまり、グレード5の子で、しっぽの刺激で強い反応を示している子も、発症してオペした直後は、絶対にそういう反応は出ないんです。同じ事をしても全く出ないです。僕らが手術して主治医の先生にお返しして1か月後ぐらいに、「やっぱり歩行が難しいから」とリハビリ目的で来た頃に、この反射の異常に亢進した状況となっていることが多いです。足をちょっとつねるだけで、陰茎や肛門、しっぽの反応など単一の簡単な刺激によって複数の反応が激しく誘発されます。

河島:髄節によってはどうですか? 自律神経系の過反射みたいな「上の髄節ほど起こりやすい」とかないですか?(自律神経過反射:主にT5から上位レベルの脊髄損傷に多い)

植村:だいたい発生する場所が決まっているんですね。

河島:ああ、そうか、純粋な外傷性損傷じゃないから好発部位が人ほどバラけないんですね。

植村:そうですね、人の外傷みたいにバラけないです。多くは胸腰移行部で起きるので、そこは直接的には反射に関係してこないところですね。

河島:ただ、自律神経系にはダイレクトに影響してきそうですね。

植村:グレード5で歩いた子も必ずオシメをしています。排尿が戻ってこない。

河島:そうですか~、なるほど~。聞けば聞くほど人のケースに似ているような気がしますね。ちゃんとしたレギュレーションで再生治療とリハビリを施せば、ヒトへの応用の橋渡し的な位置づけになると思いますけどね。僕らは、そこはやっぱり喉から手が出るほど欲しいところですよね。




成果で分かってもらうしかない

「自分の価値観を超えるぐらいの成果が出るんだ!」と言うことを肌身で分かってもらわないと、その次のステージに話はつながらないですね。


植村:2019年2月に河島先生にご講演頂く「内科学アカデミー」でお集まり頂いく方の多くは獣医師です。おそらく78割が獣医師で、2割が動物看護師、理学療法士は数人でしょうね。そういう方々に脊髄損傷のリハビリテーションの話をして頂くのですが、もうね、先生が以前書いておられた論文の1文、全くその通りでだと思うんです。

「脊髄損傷後に神経線維が再生したとしても、実際の機能回復につながるためには機能を有する神経回路を形成する必要がある。」(「脊髄損傷後の歩行機能回復に向けた新しいビジョン」、河島則天、脊髄外科 VOL.27 NO.2 20138月)

 要は、解剖学的に神経が回復しても、機能的な神経回路の回復がなければ歩けない、ということですよね。獣医療に欠落している考え方だと思います。

河島:人もです、人もです。

植村:そうなんですか。

河島:ごく最近までは、再生研究を進めているドクターでもリハビリに対しての認識はかなり低かったのが現実ですよ。

植村:もしかしたら、問題意識としては獣医療と少し共通しているところがありますね。外科的減圧は確かに必要で、グレード4までの症例は減圧手術で95%ぐらい歩きます。ただ、解剖学的に神経がつながらないだろうと考えられているグレード5の子は違います。手術でもなかなか戻らなかった子をリハビリで歩行に持っていくと、外科医の先生はびっくりしますね。そして、そこではじめて「機能的な介入が必要なんだ」と理解して頂けるんです。

河島:僕らはもう「いかに医師にこちらの言うことを聞いてもらえるか」、それに尽きますからね。ヒトの脊髄再生医療に関しては、先進医療下で自家嗅粘膜移植が最初に日本で始まったのが7年前で、僕は当初からそのグループにアプローチしましたが、最初のうちは完全に門前払いでした。ようやく3年前に、これまでの研究成果やデータ示して話ができるきっかけを得て一緒にコミュニケーション取って進めて行くうちに、今ではリハビリテーションの立ち位置や役割、意義を充分に認識してもらえるようになってきたと思っています。

植村:今先生がおっしゃった通りで、私の周りでも、まともなことをきちんと示せば、リハビリテーションに対して否定的な獣医師でも、それはそれできちんと認めてくれるんですよね。「こういうエビデンスがあるんだ!」ということを示せば、信じてくれる人たちだと思うんですね。なので、リハビリ側もきちんとしたことを示さなきゃいけないと思うんです。


河島:そうですね。僕らが最終的に取っている手段は、「成果で分かってもらうしかない」と言うことに尽きるんですよね。だから、再生の症例だけじゃなくて、例えば10何年間、装具歩行を続けている人のデータとかを取って、ちゃんと脊髄の機能が維持されているということを示すことも必要です。

 ASIAAグレードで5年以上経過していたけど、エビデンスのあるリハビリをやって、現在では随意的な動作が一部可能になってASIACまで改善した例も数名あります。そういう例を示しつつ、同時にいかに理論的な根拠をしっかり備えてリハビリテーションを実践していくかが重要ですね。

 事実として著明な改善を示す症例を目の当たりにすれば、それを認めざるを得ない。「自分の価値観を超えるぐらいの成果が出るんだ!」と言うことを肌身で分かってもらわないと、その次のステージに話はつながらないですね。その上で、改善をもたらした原因をきちんと理論的根拠をもって説明できれば、ヒトも動物も同じく、リハビリテーション・医療の現場はもっと成熟していくはずだと思います。(終わり)






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