2019年2月9日土曜日

【対談】研究者 × 神経病獣医師 ②

 日本動物リハビリテーション学会のワーキンググループでは、人の脊髄損傷のリハビリテーション研究者から最先端の治療を学ぶ機会を作りました。人の脊髄損傷の治療を知ることで、犬の椎間板ヘルニアの治療へのヒントを見つけるのが狙いです。


 ・研究者:河島則天 先生(国立障害者リハビリテーションセンター研究所・運動
    機能系障害研究部・神経筋機能障害研究室・室長)

 ・獣医師:植村隆司 先生(KyotoAR獣医神経病センター、日本動物リハビリテー

       ション学会ワーキンググループ・リーダー)

 取材について:
 ・2018年11月4日
 ・脊髄損傷者による歩行披露イベント「KNOW NO LIMIT 2018」会場にて取材
  イベント主催 J-Workout株式会社(日本初の脊髄損傷者専門トレーニングジム)



治療の可能性②
非侵襲性の介入

河島則天 先生
(国立障害者リハビリテーションセンター研究所・
運動機能系障害研究部・神経筋機能障害研究室・室長)

植村隆司 先生
(KyotoAR獣医神経病センター、
日本動物リハビリテーション学会ワーキンググループ・リーダー) 


“外骨格ロボティクスや下肢装具を活用して適切な歩行関連の体性感覚が入れば、そもそも脊髄歩行中枢の活動を惹起できる。だからartificial(人工的)に脊髄を電気刺激する必要なんてない。”

植村僕たちは、エジャートン教授(V. Reggie Edgerton, カリフォルニア大学ロサンゼルス校、神経筋研究室)(注1) 達のような、「硬膜外に電極を置く」というような侵襲的な介入はできません。実験動物だと可能なのかもしれないですが。

河島臨床だとできない(現実的な治療手段にはなかなか成り得ない)ですよね。

植村なので、入力する感覚をいろいろ駆使したいんです


河島僕らもその立場です。侵襲的な介入が必須ではないと思っています。だって、あのepidural stimulation(硬膜外刺激)のようなセッティングをしなくても、外骨格ロボティクスや下肢装具を使って正常な歩容を再現して、歩行関連の体性感覚入力をきちんと成立させれば脊髄歩行中枢の活動は適切に惹起できますから

 僕らはこれまで脊髄歩行中枢の特性について研究してきて、脊髄完全損傷者でも受動的なステッピング運動によって麻痺領域に存在する脊髄歩行中枢が適切に働くことを実証してきました。確かに脊髄を電気刺激するとステッピングが誘発される、というのは歩行中枢の活動を惹起する一つの方法だとは思いますけれども、外的にartificial(人工的)に刺激するよりも、適切な感覚入力を与えてステッピングを誘発する方がごくごく自然だと思っています。

植村それは(脊髄の機能的な)「補完」という意味でも?

河島それは組み合わせ次第だと思います。実際、僕らも実際に電気刺激をリハビリに使っています。僕らが今やっているのは、脊髄腰膨大部をターゲットとした「ランダムパルス刺激」を行うという方法です。

 電気刺激単独では筋活動を誘発できないくらいの強度で刺激をしますから、刺激自体では麻痺筋は活動しないんだけど、そこで (1) 受動的なステッピングを加えて、(2) 股関節伸展時の求心性感覚情報とか、(3) 荷重に関する情報がload receptor(荷重受容体)から入ってくると、全く何もやってない状態よりもfiring potential(発火確率)が上がっているので出力は上がる。「subliminal fringe(閾下縁)」と言って、fire(発火)するかしないかぐらいの予備状態を電気刺激で作っておくんです。そういう理屈でやっています。

植村経皮的ということですか?

河島そうです。経皮的なランダムパルス刺激です。2018年10月末にNatureで発表されたクルティーヌ教授(Grégoire Courtine, スイス連邦工科大学ローザンヌ校、神経科医)らの研究(注2
)では、腰髄L1-5を跨ぐ位置に網の目状の電極(アレイ電極)を設置して、刺激部位の空間解像度を問題にしています。脊髄刺激によって多様で機能的な動作を誘発するには、ある髄節、左右どちら側というようにローカルにちゃんとターゲットとなる部分を刺激しなくてはならないんです。

 僕らがやろうとしているのはもっとファジーな方法です。L1-L5とかそういうspatial(空間的)な活動パターンは他動的に作り出した歩行動作時の感覚入力によって作り出せますから、歩行中枢が活動しやすいように閾値付近の電気刺激でポテンシャルを上げておけばいいだろう、という理屈です。


 この方法は、効果検証をして論文はまだしていませんが、脊髄歩行中枢の性質、電気刺激の特性を理論的根拠に考案したもので、実際に歩行リハビリで活用しています。ランダムパルス刺激という方法自体も従来の一定間隔のパルス刺激とは異なる方法で、あまり他ではやっていない方法ですので、効果の実証も含めて新しい方法として取り組んでいるところです。(つづく)


(注1)
エジャートン教授(V. Reggie Edgerton, カリフォルニア大学ロサンゼルス校、神経筋研究室)
https://edgertonlab.ibp.ucla.edu


(注2)クルティーヌ教授らの研究
 *Breakthrough neurotechnology for treating paralysis
 
https://actu.epfl.ch/news/breakthrough-neurotechnology-for-treating-paralysi/?fbclid=IwAR3t_PwRWQtgrAOzOIjRYxiZ4t5SjzZPJq2pOScWQ5XR7hscJQE1RnhRX-4

*Targeted neurotechnology restores walking in humans with spinal cord injury
 
http://www.nature.com/articles/s41586-018-0649-2


0 件のコメント:

コメントを投稿

【対談】研究者 × 神経病獣医師 ③

  日本動物リハビリテーション学会のワーキンググループでは、人の脊髄損傷のリハビリテーション研究者から最先端の治療を学ぶ機会を作りました。人の脊髄損傷の治療を知ることで、犬の椎間板ヘルニアの治療へのヒントを見つけるのが狙いです。   ・研究者: 河島則天  先生(国立障害者...