2019年2月1日金曜日

【対談】研究者 × 神経病獣医師 ① 

 日本動物リハビリテーション学会のワーキンググループでは、人の脊髄損傷のリハビリテーション研究者から最先端の治療を学ぶ機会を作りました。人の脊髄損傷の治療を知ることで、犬の椎間板ヘルニアの治療へのヒントを見つけるのが狙いです。

  • 研究者:河島則天 先生(国立障害者リハビリテーションセンター研究所・運動機能系障害研究部・神経筋機能障害研究室・室長)
  • 獣医師:植村隆司 先生(KyotoAR獣医神経病センター、日本動物リハビリテーション学会ワーキンググループ・リーダー)
取材について:
・2018年11月4日
・脊髄損傷者による歩行披露イベント「KNOW NO LIMIT 2018」会場にて取材
 イベント主催 J-Workout株式会社(日本初の脊髄損傷者専門トレーニングジム)


治療の可能性①

後肢麻痺症例のトレッドミル歩行ではリズミカルなステッピングの誘発が鍵


河島則天 先生
(国立障害者リハビリテーションセンター研究所・
運動機能系障害研究部・神経筋機能障害研究室・室長)

植村隆司 先生
(KyotoAR獣医神経病センター、
日本動物リハビリテーション学会ワーキンググループ・リーダー) 


”前肢が踏ん張っているような状態では、後肢への神経コマンドが抑制されている状態になっている可能性があります。”


植村:犬の椎間板ヘルニアは、まるで外傷性の脊髄損傷です。例えば人間での脊髄損傷の研究のモデルとされるぐらい急に起きます。

河島:そうですね、剪断ですからね。人の外傷性の脊髄損傷とほとんど同じだと思います。

植村:重症度は、人のASIA(American Spinal Injury Association の脊髄損傷機能評価尺度)というものとは異なるんですけど、動物では指の骨膜を鉗子などでグッと握って「深部痛覚」というものをテストします。胸腰部椎間板ヘルニアの場合は、深部痛覚が損なわれるレベルをグレード5と呼んでいます。

河島:それは完全な運動麻痺プラス深部痛覚がないということですか?

植村:そうです。グレード5は完全な運動麻痺に加えて深部痛覚がない状態で、重症度が最も高いです。ASIAだとAのレベルでしょうか。第3胸椎から第3腰椎の間に病変がある場合は、後肢の末梢神経そのものは損傷されないために、後肢の反射は温存されます。そういった症例の中で、深部痛覚の回復は認められないままなのですが、受傷後1ヶ月ほどぐらいすると軽い刺激で無茶苦茶な反応が出るようになる症例が散見されます。

河島:伸展になるんですか?屈曲になるんですか?

植村:伸展の痙性が多いです。グレード5の症例で1ヶ月間何も介入しないと、関節拘縮が生じることが多いです。なので、そういった重症例に対しては、先生が講演で言っておられた「(組織を)錆び付かせない」ことを目的としたプログラムが重要だと考えています。将来、何らかの新しい治療法が開発された時に関節拘縮や筋肉萎縮が最小限であるよう、関節の屈伸をしたり、反射を誘発して筋収縮を促したり、感覚を入力したり、組織の維持していくようなことを行います。

 また、完全麻痺症例でも痙性はあるので、起立姿勢がとれることがあります。ただ、起立練習中に後肢が支持できなくなることがあるんですが、その時に刺激を入力すると後肢の伸張反射が出てきます。

 あと、犬の尾のほぼ先端あたりを刺激すると左右交互性のステップ動作が見られることがあります。研究者の方々には「猫の脊髄歩行の実験」が有名ですよね。猫ちゃんの場合は「会陰部の刺激でステップを出させる」ようですが、ワンちゃんの場合は尾の刺激であると私は考えています。

河島:すごいですね、それは。

植村:割と高率に出ますよ。あと、ステップの誘発方法としては、私の病院では「アップライトポジション」で歩行させる方法も用いています。先生のご講演で赤ちゃんの動画が紹介されていましたが(赤ちゃんを支えながらトレッドミル上に立たせると両下肢がステップを踏む動画)、僕らも動物を抱えてトレッドミル上に置いたり、またはBWSTT(Body Weight Supported Treadmill Training:免荷式トレッドミル歩行トレーニング)に相当する商品があるので、それで犬を吊って歩行練習をします。

河島:アップライトというのは? 前肢のステップは保った状態ですか? 前肢への荷重はありますか?

植村:アップライトポジションというのは、犬の上半身を持ち上げて二足歩行の様な姿勢を取らせることを指しますので、前肢の負重はなしです。上半身をアップライトにさせることで、股関節の伸展がしやすいポジションになるとともに、後肢での負重を促すことになります。トレッドミル歩行では、前肢を浮かせた後肢の2足歩行でも、4足歩行でもどちらでもできます。が、4足歩行だと後肢のステップは出ないのに、アップライトポジションにすると出やすくなるという現象を何度も見ています。

河島:なるほど〜。

植村:そもそも最初はトレッドミルを嫌がる子への対策でした。「嫌だー!」と前肢を踏ん張って歩かないので、トレッドミルの上に「橋渡し」をして、前肢をそこ(橋)に置いて、前肢でステップ動作しなくてもいい状況にしたんです。その時、ちょっとだけ前肢を上に浮かしたら、突然、後肢のステップが発現したんです。

河島:それはうなずけますねー。「強制使用」的な働きの可能性がありますね。潜在的には後肢のステッピングジェネレーター(CPG: central pattern generator=脊髄に内在する中枢パターン発生器)が働く可能性があったとしても、前肢が踏ん張っている(歩行とは別の動作に動員さてれいる)ような状態では、後肢への神経コマンドが抑制されている状態になっている可能性があります。

植村:そうなんですか!

河島:人間の場合だと選好判断、自分の体の「残っている方、残ってない方」という意味づけがあって、もともと右利きだと、右手に不自由があっても使いたいから使おうとします。でも、サルの場合は、基本的にはそういう論理思考や文脈(背景)に即した使い方はしません。サルの左運動野に損傷を加えて右手を使えなくすると、「左!左!」と左手を使うんだけど、更に反対側の右に損傷を加えると、全く使ってなかった右手を途端に使い出すようになるんです。これは、plasticity(可塑性)が発見された「サルの強制使用法(Constraint induced movement therapy、CI 療法)の実験なんですが、それに似たようなことが一部含まれているのかなぁ、という気がします。

 4肢歩行では前肢をバタバタとクロールして後肢を引きずる、いわゆる前肢での随意的な歩行を行っていたけれども、「前肢の運動をひとたび外したら後肢のステッピングが誘発された」というのは、「強制使用」という意味で充分あり得るなぁと。

 あと、赤ちゃんの場合ですが、足裏の中足骨のところとかをスリっと接触刺激を加えると、屈曲逃避反射(つまり原始反射)が過剰に出てしまってステッピングなんて全然しなくて、嫌がるような仕草を見せる時もあります。知覚過敏的なものかもしれません。でも、徒手介助をしながら下肢に荷重をぐっと加え、さらに立脚後半で股関節を伸展させると、反対側に交叉性の屈曲反射が出て、そのうちステップするようになるんです。

 ステッピングを誘発するためには律速要件があって、単に同側脚の屈曲逃避反射が出るのと、反対側に屈曲のステッピング反応が出るのでは、同じ屈曲動作でも機能的に大きな違いがあります。だから、前肢の代償(踏ん張ってしまったり、随意的な歩行をする状態)を解いて、後肢のステッピングを出やすいような環境設定をきちんと作ったら後肢のステッピングを誘発できる可能性あるのかなぁ、なんて素人ながら思いますけど。



“例えば前肢のステッピングを促してやるとか、あるいは前肢のcadenceを敢えて少し落とすようなことをやって、後肢のステッピングが変わったら面白いですね。”

猫の動画を見る2人


植村:完全に損傷している子の方が、単純な伸筋に対する反応は規則正しく出てきます。

河島:あ、それ、そこ面白いですね。なんかそういうbehavior(行動)をちょっと拝見したいですね。ぜひ拝見したいです。面白そう。

植村:今、動画あります。

河島:どうぞ見せて下さい。ヒトの場合でも患者さんの相談を良く受けるんですが、臨床症状を細かく説明されるよりも神経症状を動画で見せてもらう方が話は早いので。



<動画①>後肢が診察台に接地するようなポジションで猫が抱っこされている。少し体幹を持ち上げると両後肢が交互に屈伸しはじめる。


植村:これは外傷の猫ちゃんです。看護師が持ち上げただけなんです。

河島:うわぁ、なるほど〜。

植村:股関節が伸展するっていう刺激だと思いますけど。

河島:猫ちゃんの場合って、足関節や股関節、膝関節がぜんぜん人と違いますよね。ここが足関節ですよね。(動画の猫の足関節を指さしながら)

植村:そうです。よく勘違いされますけど。で、猫を置くと止まるんです。

河島:へぇ〜〜〜。

植村:こういう現象はよく見ます。次の子はグレード5のダックスちゃんで後肢が動かない子です。この子の場合、前肢は上げませんが、他動的な歩行をやったり、尾の刺激を入れたりします。


<動画②>トレッドミル上のミニチュアダックスの尾を刺激すると後肢が動き出す。


河島:うぁ〜!すごい〜〜。

植村:この子は伸筋が麻痺しているんですが、尾の刺激で後肢が動いて、刺激を止めるとステップが止まるんです。

河島:ただ、この状態だと、後肢に対しては結構suppression(抑制)かかっている気がしますよね。4足での歩行よりも前肢のcadence(歩調)がかなり上がってないですか? こんなもんですか?

植村:ちょっと速いです。

河島:速いですよね。だから、まさにこれが「前肢での代償」を優位にしている時のcadenceで、この子なりのストラテジーなんだと思います。だから、例えば前肢のステッピングを促してやるとか、あるいは前肢のcadenceを敢えて少し落とすようなことをやって、後肢のステッピングが変わったら面白いですね。そんなに簡単にはならないと思いますけど。(つづく)

犬の椎間板ヘルニア患者の動画を見る2人

0 件のコメント:

コメントを投稿

【対談】研究者 × 神経病獣医師 ③

  日本動物リハビリテーション学会のワーキンググループでは、人の脊髄損傷のリハビリテーション研究者から最先端の治療を学ぶ機会を作りました。人の脊髄損傷の治療を知ることで、犬の椎間板ヘルニアの治療へのヒントを見つけるのが狙いです。   ・研究者: 河島則天  先生(国立障害者...