2019年2月15日金曜日

【対談】研究者 × 神経病獣医師 ③

 日本動物リハビリテーション学会のワーキンググループでは、人の脊髄損傷のリハビリテーション研究者から最先端の治療を学ぶ機会を作りました。人の脊髄損傷の治療を知ることで、犬の椎間板ヘルニアの治療へのヒントを見つけるのが狙いです。


 ・研究者:河島則天 先生(国立障害者リハビリテーションセンター研究所・運動
    機能系障害研究部・神経筋機能障害研究室・室長)

 ・獣医師:植村隆司 先生(KyotoAR獣医神経病センター、日本動物リハビリテー 

       ション学会ワーキンググループ・リーダー)


 取材について:
 ・2018年11月4日
 ・脊髄損傷者による歩行披露イベント「KNOW NO LIMIT 2018」会場にて取材
  イベント主催 J-Workout株式会社(日本初の脊髄損傷者専門トレーニングジム)



治療の可能性③

再生医療

河島則天 先生
(国立障害者リハビリテーションセンター研究所・
運動機能系障害研究部・神経筋機能障害研究室・室長)

植村隆司 先生
(KyotoAR獣医神経病センター、
日本動物リハビリテーション学会ワーキンググループ・リーダー) 

“聞けば聞くほど人のケースに似ているような気がしますね。ちゃんとしたレギュレーションのもとで再生治療とリハビリをやれば、ヒトへの応用の橋渡し的な位置づけになると思いますけどね。”



植村:「再生治療」は、実は動物ではレギュレーションがまだまだ低いので、やや乱用されている状況だと思います。

河島:実際やっているんですか? 培養はどうしているんですか?

植村:培養される先生もいますが、今一番たくさん実施されているのは脂肪幹細胞です。自家の細胞を培養する場合と他家細胞を用いる場合があります。

河島:ヒトの場合、脂肪由来幹細胞は治験に乗っておらず、明確な医学的エビデンスが乏しい状態だと思いますが、独自の倫理審査経て臨床で実施している病院もあると聞きます。動物でもヒトでも、実臨床で症例に実施するのであれば、個人的には明確な治療効果が想定できないものを実施すべきではないと思います。一定の医学的・科学的根拠はあるものの効果は検証されていないのであれば、臨床研究の位置づけを明確にして、効果検証が可能なプロトコルとアウトカムの元で実施するのが本来あるべき姿だと思います。

植村:当院では、明らかなグレード5だって言う子以外に再生治療はしていないです。それ以外の子は、入れなくても改善する可能性があるので、改善しにくいと分かっているグレード5の子だけに限ってしています。

河島:「改善する・しない」と言うのは、どういう基準で考えてらっしゃるんですか?

植村:過去の研究からグレード5は改善しにくいことが分かっています。もちろん手術すれば改善する子はいますけど。グレード4の子も完全麻痺ですが、その子まで再生治療を実施してしまうと、移植した細胞の効果が分かりにくいですからね。

河島:そうですね、分からないでしょうね。

植村MRIで脊髄実質がT2強調画像で高信号を示す子も改善しにくいことが多いですが、でもまぁそれは損傷そのものを表すわけじゃなくて浮腫もありますし。

河島T2強調で写る本当の出血部は、その後、吸収されていくかも知れないけど瘢痕化する可能性もかなり高いわけですよね。んー。

植村:なので、やっぱり自然発生例になるので、どうしてもその辺のところがあるんです(実験例の様に脊髄の損傷程度が一定でないという意味)。術後にグレード5のまま1ヶ月程度経過しても深部痛覚が戻って来ない状態で改善が認められない症例は、1年後も歩行可能とはなっていませんね。

河島:出血確認できないレベルのグレード5の子っているんですか? T2強調画像では明確に写らないような、いわゆる出血を伴わないような。

植村:基本的にはないと思います。T2強調画像で高信号であるという所見は、脊髄実質の水分含量が増えるということを示すのみなので、急性期の可逆的な浮腫だけでもT2強調画像で高信号を示します。ですので、脊髄実質の重篤な損傷が起きているのに、MRI検査にて検出できないということはまずないと思います。よって、T2強調画像で脊髄実質がT2強調画像にて高信号を呈しているからといって、必ずしも出血や損傷を示しているわけではありませんし、治療(外科的減圧)に反応しないわけではないんです。しかし、グレード5症例の中で術後に順調に回復してくる症例は、強い圧迫が主な問題なんですね。

河島:犬の椎間板ヘルニアが本当に外傷なんだとすると、初期に運動麻痺と言っているのも、いわゆる「脊髄ショック」的なものがかぶっていると思うんですよね。なので、人では体性感覚と運動神経そのものの途絶と言うよりも、ショック性のものが数日から数週間のスパンで続く、spinal shock(脊髄ショック)のフェーズがあります。人間の時間と犬猫の時間は違うと思いますけど。

植村:犬では数時間以内ですね。

河島:数時間以内ですか。ほぉぉ。

植村:来院時すでにアッパーな反射が戻ってきているんですね。ただ、本物の「反射の異常な亢進」が、受傷後1ヶ月ぐらいして起きて来る症例も経験します。つまり、グレード5の子で、しっぽの刺激で強い反応を示している子も、発症してオペした直後は、絶対にそういう反応は出ないんです。同じ事をしても全く出ないです。僕らが手術して主治医の先生にお返しして1か月後ぐらいに、「やっぱり歩行が難しいから」とリハビリ目的で来た頃に、この反射の異常に亢進した状況となっていることが多いです。足をちょっとつねるだけで、陰茎や肛門、しっぽの反応など単一の簡単な刺激によって複数の反応が激しく誘発されます。

河島:髄節によってはどうですか? 自律神経系の過反射みたいな「上の髄節ほど起こりやすい」とかないですか?(自律神経過反射:主にT5から上位レベルの脊髄損傷に多い)

植村:だいたい発生する場所が決まっているんですね。

河島:ああ、そうか、純粋な外傷性損傷じゃないから好発部位が人ほどバラけないんですね。

植村:そうですね、人の外傷みたいにバラけないです。多くは胸腰移行部で起きるので、そこは直接的には反射に関係してこないところですね。

河島:ただ、自律神経系にはダイレクトに影響してきそうですね。

植村:グレード5で歩いた子も必ずオシメをしています。排尿が戻ってこない。

河島:そうですか~、なるほど~。聞けば聞くほど人のケースに似ているような気がしますね。ちゃんとしたレギュレーションで再生治療とリハビリを施せば、ヒトへの応用の橋渡し的な位置づけになると思いますけどね。僕らは、そこはやっぱり喉から手が出るほど欲しいところですよね。




成果で分かってもらうしかない

「自分の価値観を超えるぐらいの成果が出るんだ!」と言うことを肌身で分かってもらわないと、その次のステージに話はつながらないですね。


植村:2019年2月に河島先生にご講演頂く「内科学アカデミー」でお集まり頂いく方の多くは獣医師です。おそらく78割が獣医師で、2割が動物看護師、理学療法士は数人でしょうね。そういう方々に脊髄損傷のリハビリテーションの話をして頂くのですが、もうね、先生が以前書いておられた論文の1文、全くその通りでだと思うんです。

「脊髄損傷後に神経線維が再生したとしても、実際の機能回復につながるためには機能を有する神経回路を形成する必要がある。」(「脊髄損傷後の歩行機能回復に向けた新しいビジョン」、河島則天、脊髄外科 VOL.27 NO.2 20138月)

 要は、解剖学的に神経が回復しても、機能的な神経回路の回復がなければ歩けない、ということですよね。獣医療に欠落している考え方だと思います。

河島:人もです、人もです。

植村:そうなんですか。

河島:ごく最近までは、再生研究を進めているドクターでもリハビリに対しての認識はかなり低かったのが現実ですよ。

植村:もしかしたら、問題意識としては獣医療と少し共通しているところがありますね。外科的減圧は確かに必要で、グレード4までの症例は減圧手術で95%ぐらい歩きます。ただ、解剖学的に神経がつながらないだろうと考えられているグレード5の子は違います。手術でもなかなか戻らなかった子をリハビリで歩行に持っていくと、外科医の先生はびっくりしますね。そして、そこではじめて「機能的な介入が必要なんだ」と理解して頂けるんです。

河島:僕らはもう「いかに医師にこちらの言うことを聞いてもらえるか」、それに尽きますからね。ヒトの脊髄再生医療に関しては、先進医療下で自家嗅粘膜移植が最初に日本で始まったのが7年前で、僕は当初からそのグループにアプローチしましたが、最初のうちは完全に門前払いでした。ようやく3年前に、これまでの研究成果やデータ示して話ができるきっかけを得て一緒にコミュニケーション取って進めて行くうちに、今ではリハビリテーションの立ち位置や役割、意義を充分に認識してもらえるようになってきたと思っています。

植村:今先生がおっしゃった通りで、私の周りでも、まともなことをきちんと示せば、リハビリテーションに対して否定的な獣医師でも、それはそれできちんと認めてくれるんですよね。「こういうエビデンスがあるんだ!」ということを示せば、信じてくれる人たちだと思うんですね。なので、リハビリ側もきちんとしたことを示さなきゃいけないと思うんです。


河島:そうですね。僕らが最終的に取っている手段は、「成果で分かってもらうしかない」と言うことに尽きるんですよね。だから、再生の症例だけじゃなくて、例えば10何年間、装具歩行を続けている人のデータとかを取って、ちゃんと脊髄の機能が維持されているということを示すことも必要です。

 ASIAAグレードで5年以上経過していたけど、エビデンスのあるリハビリをやって、現在では随意的な動作が一部可能になってASIACまで改善した例も数名あります。そういう例を示しつつ、同時にいかに理論的な根拠をしっかり備えてリハビリテーションを実践していくかが重要ですね。

 事実として著明な改善を示す症例を目の当たりにすれば、それを認めざるを得ない。「自分の価値観を超えるぐらいの成果が出るんだ!」と言うことを肌身で分かってもらわないと、その次のステージに話はつながらないですね。その上で、改善をもたらした原因をきちんと理論的根拠をもって説明できれば、ヒトも動物も同じく、リハビリテーション・医療の現場はもっと成熟していくはずだと思います。(終わり)






2019年2月9日土曜日

【対談】研究者 × 神経病獣医師 ②

 日本動物リハビリテーション学会のワーキンググループでは、人の脊髄損傷のリハビリテーション研究者から最先端の治療を学ぶ機会を作りました。人の脊髄損傷の治療を知ることで、犬の椎間板ヘルニアの治療へのヒントを見つけるのが狙いです。


 ・研究者:河島則天 先生(国立障害者リハビリテーションセンター研究所・運動
    機能系障害研究部・神経筋機能障害研究室・室長)

 ・獣医師:植村隆司 先生(KyotoAR獣医神経病センター、日本動物リハビリテー

       ション学会ワーキンググループ・リーダー)

 取材について:
 ・2018年11月4日
 ・脊髄損傷者による歩行披露イベント「KNOW NO LIMIT 2018」会場にて取材
  イベント主催 J-Workout株式会社(日本初の脊髄損傷者専門トレーニングジム)



治療の可能性②
非侵襲性の介入

河島則天 先生
(国立障害者リハビリテーションセンター研究所・
運動機能系障害研究部・神経筋機能障害研究室・室長)

植村隆司 先生
(KyotoAR獣医神経病センター、
日本動物リハビリテーション学会ワーキンググループ・リーダー) 


“外骨格ロボティクスや下肢装具を活用して適切な歩行関連の体性感覚が入れば、そもそも脊髄歩行中枢の活動を惹起できる。だからartificial(人工的)に脊髄を電気刺激する必要なんてない。”

植村僕たちは、エジャートン教授(V. Reggie Edgerton, カリフォルニア大学ロサンゼルス校、神経筋研究室)(注1) 達のような、「硬膜外に電極を置く」というような侵襲的な介入はできません。実験動物だと可能なのかもしれないですが。

河島臨床だとできない(現実的な治療手段にはなかなか成り得ない)ですよね。

植村なので、入力する感覚をいろいろ駆使したいんです


河島僕らもその立場です。侵襲的な介入が必須ではないと思っています。だって、あのepidural stimulation(硬膜外刺激)のようなセッティングをしなくても、外骨格ロボティクスや下肢装具を使って正常な歩容を再現して、歩行関連の体性感覚入力をきちんと成立させれば脊髄歩行中枢の活動は適切に惹起できますから

 僕らはこれまで脊髄歩行中枢の特性について研究してきて、脊髄完全損傷者でも受動的なステッピング運動によって麻痺領域に存在する脊髄歩行中枢が適切に働くことを実証してきました。確かに脊髄を電気刺激するとステッピングが誘発される、というのは歩行中枢の活動を惹起する一つの方法だとは思いますけれども、外的にartificial(人工的)に刺激するよりも、適切な感覚入力を与えてステッピングを誘発する方がごくごく自然だと思っています。

植村それは(脊髄の機能的な)「補完」という意味でも?

河島それは組み合わせ次第だと思います。実際、僕らも実際に電気刺激をリハビリに使っています。僕らが今やっているのは、脊髄腰膨大部をターゲットとした「ランダムパルス刺激」を行うという方法です。

 電気刺激単独では筋活動を誘発できないくらいの強度で刺激をしますから、刺激自体では麻痺筋は活動しないんだけど、そこで (1) 受動的なステッピングを加えて、(2) 股関節伸展時の求心性感覚情報とか、(3) 荷重に関する情報がload receptor(荷重受容体)から入ってくると、全く何もやってない状態よりもfiring potential(発火確率)が上がっているので出力は上がる。「subliminal fringe(閾下縁)」と言って、fire(発火)するかしないかぐらいの予備状態を電気刺激で作っておくんです。そういう理屈でやっています。

植村経皮的ということですか?

河島そうです。経皮的なランダムパルス刺激です。2018年10月末にNatureで発表されたクルティーヌ教授(Grégoire Courtine, スイス連邦工科大学ローザンヌ校、神経科医)らの研究(注2
)では、腰髄L1-5を跨ぐ位置に網の目状の電極(アレイ電極)を設置して、刺激部位の空間解像度を問題にしています。脊髄刺激によって多様で機能的な動作を誘発するには、ある髄節、左右どちら側というようにローカルにちゃんとターゲットとなる部分を刺激しなくてはならないんです。

 僕らがやろうとしているのはもっとファジーな方法です。L1-L5とかそういうspatial(空間的)な活動パターンは他動的に作り出した歩行動作時の感覚入力によって作り出せますから、歩行中枢が活動しやすいように閾値付近の電気刺激でポテンシャルを上げておけばいいだろう、という理屈です。


 この方法は、効果検証をして論文はまだしていませんが、脊髄歩行中枢の性質、電気刺激の特性を理論的根拠に考案したもので、実際に歩行リハビリで活用しています。ランダムパルス刺激という方法自体も従来の一定間隔のパルス刺激とは異なる方法で、あまり他ではやっていない方法ですので、効果の実証も含めて新しい方法として取り組んでいるところです。(つづく)


(注1)
エジャートン教授(V. Reggie Edgerton, カリフォルニア大学ロサンゼルス校、神経筋研究室)
https://edgertonlab.ibp.ucla.edu


(注2)クルティーヌ教授らの研究
 *Breakthrough neurotechnology for treating paralysis
 
https://actu.epfl.ch/news/breakthrough-neurotechnology-for-treating-paralysi/?fbclid=IwAR3t_PwRWQtgrAOzOIjRYxiZ4t5SjzZPJq2pOScWQ5XR7hscJQE1RnhRX-4

*Targeted neurotechnology restores walking in humans with spinal cord injury
 
http://www.nature.com/articles/s41586-018-0649-2


2019年2月1日金曜日

【対談】研究者 × 神経病獣医師 ① 

 日本動物リハビリテーション学会のワーキンググループでは、人の脊髄損傷のリハビリテーション研究者から最先端の治療を学ぶ機会を作りました。人の脊髄損傷の治療を知ることで、犬の椎間板ヘルニアの治療へのヒントを見つけるのが狙いです。

  • 研究者:河島則天 先生(国立障害者リハビリテーションセンター研究所・運動機能系障害研究部・神経筋機能障害研究室・室長)
  • 獣医師:植村隆司 先生(KyotoAR獣医神経病センター、日本動物リハビリテーション学会ワーキンググループ・リーダー)
取材について:
・2018年11月4日
・脊髄損傷者による歩行披露イベント「KNOW NO LIMIT 2018」会場にて取材
 イベント主催 J-Workout株式会社(日本初の脊髄損傷者専門トレーニングジム)


治療の可能性①

後肢麻痺症例のトレッドミル歩行ではリズミカルなステッピングの誘発が鍵


河島則天 先生
(国立障害者リハビリテーションセンター研究所・
運動機能系障害研究部・神経筋機能障害研究室・室長)

植村隆司 先生
(KyotoAR獣医神経病センター、
日本動物リハビリテーション学会ワーキンググループ・リーダー) 


”前肢が踏ん張っているような状態では、後肢への神経コマンドが抑制されている状態になっている可能性があります。”


植村:犬の椎間板ヘルニアは、まるで外傷性の脊髄損傷です。例えば人間での脊髄損傷の研究のモデルとされるぐらい急に起きます。

河島:そうですね、剪断ですからね。人の外傷性の脊髄損傷とほとんど同じだと思います。

植村:重症度は、人のASIA(American Spinal Injury Association の脊髄損傷機能評価尺度)というものとは異なるんですけど、動物では指の骨膜を鉗子などでグッと握って「深部痛覚」というものをテストします。胸腰部椎間板ヘルニアの場合は、深部痛覚が損なわれるレベルをグレード5と呼んでいます。

河島:それは完全な運動麻痺プラス深部痛覚がないということですか?

植村:そうです。グレード5は完全な運動麻痺に加えて深部痛覚がない状態で、重症度が最も高いです。ASIAだとAのレベルでしょうか。第3胸椎から第3腰椎の間に病変がある場合は、後肢の末梢神経そのものは損傷されないために、後肢の反射は温存されます。そういった症例の中で、深部痛覚の回復は認められないままなのですが、受傷後1ヶ月ほどぐらいすると軽い刺激で無茶苦茶な反応が出るようになる症例が散見されます。

河島:伸展になるんですか?屈曲になるんですか?

植村:伸展の痙性が多いです。グレード5の症例で1ヶ月間何も介入しないと、関節拘縮が生じることが多いです。なので、そういった重症例に対しては、先生が講演で言っておられた「(組織を)錆び付かせない」ことを目的としたプログラムが重要だと考えています。将来、何らかの新しい治療法が開発された時に関節拘縮や筋肉萎縮が最小限であるよう、関節の屈伸をしたり、反射を誘発して筋収縮を促したり、感覚を入力したり、組織の維持していくようなことを行います。

 また、完全麻痺症例でも痙性はあるので、起立姿勢がとれることがあります。ただ、起立練習中に後肢が支持できなくなることがあるんですが、その時に刺激を入力すると後肢の伸張反射が出てきます。

 あと、犬の尾のほぼ先端あたりを刺激すると左右交互性のステップ動作が見られることがあります。研究者の方々には「猫の脊髄歩行の実験」が有名ですよね。猫ちゃんの場合は「会陰部の刺激でステップを出させる」ようですが、ワンちゃんの場合は尾の刺激であると私は考えています。

河島:すごいですね、それは。

植村:割と高率に出ますよ。あと、ステップの誘発方法としては、私の病院では「アップライトポジション」で歩行させる方法も用いています。先生のご講演で赤ちゃんの動画が紹介されていましたが(赤ちゃんを支えながらトレッドミル上に立たせると両下肢がステップを踏む動画)、僕らも動物を抱えてトレッドミル上に置いたり、またはBWSTT(Body Weight Supported Treadmill Training:免荷式トレッドミル歩行トレーニング)に相当する商品があるので、それで犬を吊って歩行練習をします。

河島:アップライトというのは? 前肢のステップは保った状態ですか? 前肢への荷重はありますか?

植村:アップライトポジションというのは、犬の上半身を持ち上げて二足歩行の様な姿勢を取らせることを指しますので、前肢の負重はなしです。上半身をアップライトにさせることで、股関節の伸展がしやすいポジションになるとともに、後肢での負重を促すことになります。トレッドミル歩行では、前肢を浮かせた後肢の2足歩行でも、4足歩行でもどちらでもできます。が、4足歩行だと後肢のステップは出ないのに、アップライトポジションにすると出やすくなるという現象を何度も見ています。

河島:なるほど〜。

植村:そもそも最初はトレッドミルを嫌がる子への対策でした。「嫌だー!」と前肢を踏ん張って歩かないので、トレッドミルの上に「橋渡し」をして、前肢をそこ(橋)に置いて、前肢でステップ動作しなくてもいい状況にしたんです。その時、ちょっとだけ前肢を上に浮かしたら、突然、後肢のステップが発現したんです。

河島:それはうなずけますねー。「強制使用」的な働きの可能性がありますね。潜在的には後肢のステッピングジェネレーター(CPG: central pattern generator=脊髄に内在する中枢パターン発生器)が働く可能性があったとしても、前肢が踏ん張っている(歩行とは別の動作に動員さてれいる)ような状態では、後肢への神経コマンドが抑制されている状態になっている可能性があります。

植村:そうなんですか!

河島:人間の場合だと選好判断、自分の体の「残っている方、残ってない方」という意味づけがあって、もともと右利きだと、右手に不自由があっても使いたいから使おうとします。でも、サルの場合は、基本的にはそういう論理思考や文脈(背景)に即した使い方はしません。サルの左運動野に損傷を加えて右手を使えなくすると、「左!左!」と左手を使うんだけど、更に反対側の右に損傷を加えると、全く使ってなかった右手を途端に使い出すようになるんです。これは、plasticity(可塑性)が発見された「サルの強制使用法(Constraint induced movement therapy、CI 療法)の実験なんですが、それに似たようなことが一部含まれているのかなぁ、という気がします。

 4肢歩行では前肢をバタバタとクロールして後肢を引きずる、いわゆる前肢での随意的な歩行を行っていたけれども、「前肢の運動をひとたび外したら後肢のステッピングが誘発された」というのは、「強制使用」という意味で充分あり得るなぁと。

 あと、赤ちゃんの場合ですが、足裏の中足骨のところとかをスリっと接触刺激を加えると、屈曲逃避反射(つまり原始反射)が過剰に出てしまってステッピングなんて全然しなくて、嫌がるような仕草を見せる時もあります。知覚過敏的なものかもしれません。でも、徒手介助をしながら下肢に荷重をぐっと加え、さらに立脚後半で股関節を伸展させると、反対側に交叉性の屈曲反射が出て、そのうちステップするようになるんです。

 ステッピングを誘発するためには律速要件があって、単に同側脚の屈曲逃避反射が出るのと、反対側に屈曲のステッピング反応が出るのでは、同じ屈曲動作でも機能的に大きな違いがあります。だから、前肢の代償(踏ん張ってしまったり、随意的な歩行をする状態)を解いて、後肢のステッピングを出やすいような環境設定をきちんと作ったら後肢のステッピングを誘発できる可能性あるのかなぁ、なんて素人ながら思いますけど。



“例えば前肢のステッピングを促してやるとか、あるいは前肢のcadenceを敢えて少し落とすようなことをやって、後肢のステッピングが変わったら面白いですね。”

猫の動画を見る2人


植村:完全に損傷している子の方が、単純な伸筋に対する反応は規則正しく出てきます。

河島:あ、それ、そこ面白いですね。なんかそういうbehavior(行動)をちょっと拝見したいですね。ぜひ拝見したいです。面白そう。

植村:今、動画あります。

河島:どうぞ見せて下さい。ヒトの場合でも患者さんの相談を良く受けるんですが、臨床症状を細かく説明されるよりも神経症状を動画で見せてもらう方が話は早いので。



<動画①>後肢が診察台に接地するようなポジションで猫が抱っこされている。少し体幹を持ち上げると両後肢が交互に屈伸しはじめる。


植村:これは外傷の猫ちゃんです。看護師が持ち上げただけなんです。

河島:うわぁ、なるほど〜。

植村:股関節が伸展するっていう刺激だと思いますけど。

河島:猫ちゃんの場合って、足関節や股関節、膝関節がぜんぜん人と違いますよね。ここが足関節ですよね。(動画の猫の足関節を指さしながら)

植村:そうです。よく勘違いされますけど。で、猫を置くと止まるんです。

河島:へぇ〜〜〜。

植村:こういう現象はよく見ます。次の子はグレード5のダックスちゃんで後肢が動かない子です。この子の場合、前肢は上げませんが、他動的な歩行をやったり、尾の刺激を入れたりします。


<動画②>トレッドミル上のミニチュアダックスの尾を刺激すると後肢が動き出す。


河島:うぁ〜!すごい〜〜。

植村:この子は伸筋が麻痺しているんですが、尾の刺激で後肢が動いて、刺激を止めるとステップが止まるんです。

河島:ただ、この状態だと、後肢に対しては結構suppression(抑制)かかっている気がしますよね。4足での歩行よりも前肢のcadence(歩調)がかなり上がってないですか? こんなもんですか?

植村:ちょっと速いです。

河島:速いですよね。だから、まさにこれが「前肢での代償」を優位にしている時のcadenceで、この子なりのストラテジーなんだと思います。だから、例えば前肢のステッピングを促してやるとか、あるいは前肢のcadenceを敢えて少し落とすようなことをやって、後肢のステッピングが変わったら面白いですね。そんなに簡単にはならないと思いますけど。(つづく)

犬の椎間板ヘルニア患者の動画を見る2人

【対談】研究者 × 神経病獣医師 ③

  日本動物リハビリテーション学会のワーキンググループでは、人の脊髄損傷のリハビリテーション研究者から最先端の治療を学ぶ機会を作りました。人の脊髄損傷の治療を知ることで、犬の椎間板ヘルニアの治療へのヒントを見つけるのが狙いです。   ・研究者: 河島則天  先生(国立障害者...